| 教官 | 小澤卓哉 |
| 教科(講座) | フランス語Ⅰ |
| 投稿者 | 芥川 |
| 投稿日 | 2025年11月08日 |
| 評価 | やや鬼 |
| テスト | |
| レポート | なし |
| 出席 | |
| コメント | フランス語の授業が始まった瞬間、先生は勢いよく黒板に単語を書き始めた。
「では、ここを見てくださいねとても重要ですよ。」
……ここ?
僕の教科書には “aller” の活用が載っている。
隣のを見ると、彼はなぜか巻末の索引を開いていた。
後ろの席からは、小さく「これどこ……?」という声が漏れる。
どうやら、全員が迷子らしい。
しかし先生は、そんな空気を一切感じ取らない。
いや、感じているのかもしれないが――指摘しない。
気づいていないふりをしているかのように、淡々と、ひたすら一方的に話し続ける。
「はい、この例文はとてもよく使います。難しくありません」
難しいのは、あなたがどのページを話しているかだよ先生。
誰かが手を挙げるかと思ったが、誰も挙げない。
クラス全体が「まあいいか……」という諦めの空気で満たされていく。
そのうち、一人、また一人とスマホを取り出した。
そして僕も、気づけばインスタのリールを見ていた。
料理動画、猫のジャンプ失敗、フランス語とは無関係な世界が次々と流れていく。
先生はちらっと教室を見回したが、何も言わない。
そのまま原稿のように説明を続ける。
「この構文はテストにも出しますからねー」
テストに出るらしい“この構文”が、どこに載っているのかは誰も知らない。
教科書のどこにもないという暗黙の理解すら、クラスに広がっていた。
結局、90分の授業は、
生徒は全員ページ迷子のまま、
先生は一度も気づかぬふりを貫き、
無言のまま両者がすれ違い続ける
というシュールな光景で終わった。
チャイムが鳴ると、先生は満足げに微笑んだ。
「今日はとてもスムーズに進みましたね。また次回。オホヴォア」
……いや、スムーズに進んだのは、
僕のインスタのリールだけです、先生。
僕たちは教科書を閉じ、互いに顔を見合わせた。
そして誰ともなく苦笑した。
――まあ、こういう授業もあるか。
フランス語より先に、忍耐力が身につきそうだ。 |
|
|
|