教官 | 石崎 |
教科(講座) | 畳部屋 |
投稿者 | るるんるん♪ |
投稿日 | 2021年02月07日 |
評価 | ど鬼 |
テスト | |
レポート | あり |
出席 | あり |
コメント | 蝿が耳の側を通る。俺をぐるりと一周旋回し、部屋の奥へと向かっていく。
俺は新卒のサラリーマン石崎。8月12日金曜日、時刻19時23分、片手にコンビニエンスストアのレジ袋を握りしめながら帰路についていた。慣れない会社もようやく慣れだし、勝手が分かってきた。石崎は幸運にもホワイト企業に就職することができ、17時に、遅くとも19時には会社を出ることができた。
翌日は休日。花金と名付けられるほど会社員にとって金曜日とは心躍るものである。しかし、男は社内の交流を重んじない人柄であった。特に理由があるわけではない。どころか、交友関係は極めて良好である。しかし、なぜか社員と連む気にはなれなかった。
2階建てのアパートに着く。お世辞にも綺麗とは言い難い、いわゆるボロアパートである。204号室のドアを開ける。手荷物を玄関に置く。洗面台に向かう。手を洗おうとする。しかし、洗うことはできなかった。水が出なかったわけではない。蛇口がなくなっていた。その代わりに白くて細い手が壁から生えていた。掌を下に向けるようにして、本来あるべき蛇口のように取り付けられてあった。
仕方がないので、浴槽に取り付けられている蛇口で手を洗う。畳部屋に入る。
少女の生首がこちらを向くように置いてあった。目が合う。瞬間目を逸らす。
「逸さないでよ」
少女が喋る。おかっぱ頭で、唇はトマトみたいに赤い。
(日本人形みたいだ)
「なんか頂戴よ」
「食べ物のこと?」
「うん」
玄関に戻り、レジ袋からおにぎりを取り出し、包装を破り、少女の前に半分を差し出す。
「手が無いのが見てわかんないの?」
「洗面台にあるじゃ無いか」
「よく私のって分かったわね」
「…」
半分のおにぎりを少女の口に持っていく。少女はゆっくりと口を開け、咀嚼する。どうやら同居人が1人増えたようであった。
2年後の4月19日。石崎は帰路についていた。メキシコに出張の用で1週間ほど滞在していた。あいつはどうなってるんだ。急足でアパートに向かう。ポケットから鍵を取り出し、204号室の鍵穴に差し出す。勢いよく、ドアを開ける。
「おい、大丈夫か!」
蝿が耳の側を通る。俺をぐるりと一周旋回し、部屋の奥へと向かっていく。
俺は蝿に誘われるように、靴を履いたまま、一歩を踏み出す。ふと気づく、洗面台に金属製の蛇口が取り付けられてある。本来あるべきように。
一歩踏み出す。鼻を刺すような臭いを感じる。同時に潮風のような臭いが鼻を掠める。
ドアの目の前に立つ。遠くでヘリコプターの音がする。ドアノブに手をかける。月のように冷たかった。捻る。押す。
天井からロープが垂らされていた。ロープの先には見たことがない制服を着た女子学生の首が吊るされていた。その下に大量の蝿が交尾していた。顔を窓を向いていた。どんな顔をしているか俺には見えなかった。 |
|
|
|